インタビュー

猶井悠樹さん(ヴァイオリン)

NHK交響楽団

[小澤征爾音楽塾オーケストラ参加歴]
2006年 小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXII マーラー:交響曲第2番「復活」
2007年 小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXIII ビゼー:歌劇「カルメン」
2009年 小澤征爾音楽塾オーケストラ・プロジェクトI(日本&中国公演)
2010年 サイトウ・キネン・フェスティバル松本「子どものための音楽会」
2011年 サイトウ・キネン・フェスティバル松本「子どものための音楽会」

横溝耕一さん(ヴァイオリン)

NHK交響楽団

[小澤征爾音楽塾オーケストラ参加歴]
2007年 小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXIII ビゼー:歌劇「カルメン」
2009年 小澤征爾音楽塾オーケストラ・プロジェクトI(日本&中国公演)
サイトウ・キネン・フェスティバル松本「青少年のためのオペラ」
2011年 サイトウ・キネン・フェスティバル松本「子どものための音楽会」

猶井悠樹さん(ヴァイオリン)・横溝耕一さん(ヴァイオリン)Part 2

音楽塾で学んだことがプロオケでの演奏において生かされていたり、糧になっていると感じますか?

 

(横溝)技術的な話だと、前に話した弓を置いて弾くとか(Part 1参照)、オーケストラに関わらず楽器を弾く上での基本中の基本を学びました。基本とは言え、オーケストラをやると周りの人と合わせるためにその作業がより必要になるんです。そういうのは完全に自分のものになったと感じています。
これからやってくる演奏会をどういうイメージで取り組むかって、それまでに経験した過去の演奏体験によって変わってくると思うんです。例えば、僕が音楽塾や小澤さんと出会わず、今話してきたようなすごい楽しい思い出も無く今を迎えていたら、オーケストラをやるうえでイメージ出来ることも限られてきちゃう。単純に、その時渡された楽譜を弾くだけ。そこにある高みを目指せないと思うんです、経験したことが無いから。でも幸いなことに僕は音楽塾で演奏して、小澤さんの棒で弾くことができた。猶井くんだけじゃなく、当時の仲間が各オーケストラに散らばっているし、N響にも音楽塾の先輩たちがいらっしゃいます。お互いに似たような体験をしてきたからか、音楽塾を経験すると共通言語みたいなものができるんです。僕らはお客さんに感動を与えなきゃいけない職業ですが、演奏家自身も、その感動に向けて“こういうパフォーマンスをしたい”っていう気持ちを共有できる。それが一番大きいかなと思っています。

(猶井)小澤さんがよくおっしゃっていたのが、「楽譜の、音符の裏にあるものを表現してくれ」ということ。それこそ練習もたくさんやって、「もう練習すること無いわ」くらいに弾けたとしても、「いや、それじゃ全然だめだ」っておっしゃる。今は毎週違う曲を弾かなきゃいけなかったりするので、譜読みに追われたり、音符に追われたりしますが、小澤さんがおっしゃっていた「音符の裏の表現」っていうのは、常に考えるようにしています。それが、横溝くんが言うところの共通言語・共通認識なんじゃないかな。音楽塾を経験した人たちはみんなそれがあると思うんです。音符だけ追いかけるのはゴールじゃないよ、って。
例えば四分音符一つとっても、必ず何かしらの表情があるはずなんです。ただそういう表現って、大人数のオケで音を出していると忘れていきがちなんですよね。それをみんなが意識することによって音は変わってくるし、当たり前のことですが、“表現”っていうのを常に考えなきゃいけないんだというのを学びました。


2007年 小澤征爾音楽塾カバーコンサート リハーサル。コンマス矢部達哉さんの2席後ろが猶井さん。

 

2005年から音楽塾はアジアの音楽家にも門戸を開いてきました。弦セクションだと特に海外の方が多くいらっしゃったと思いますが、実際に一緒に演奏してみて、どんな気づきがありましたか?

 

(横溝)猶井くんはたっくさんあるよね!(笑)

(猶井)えっと、仲良くさせていただいた中国の子はいました(笑)

 

あんまり深くは聞きませんね(笑)。一緒に演奏してみて、という部分ではいかがですか?

 

(横溝)塾に来ていた海外の子は、本当にみんな良い人たちばっかりだったなぁ。

(猶井)ソリスト色が強いというか、割と強めな演奏する子が多かった印象かな。だけど、練習を続けて一緒に弾くうちにそれも気にならなくなるんです。本番に向けて、どんどん溶け合っていく感じはしました。そのうち、もはや国籍が違うとか、言葉が違うとかいうのを忘れるくらい。

(横溝)そうだね。普通にご飯一緒に行こう、みたいな感じだったよね。たぶん宮田大くんなんて、最後まで日本語で話しかけてたと思う(笑)

 

小澤塾長にまつわることで印象的なエピソードがあれば教えて下さい。

 

(横溝)たしか、『カルメン』の公演で京都に滞在していた時のことだったと思います。僕らはまだ大学生になりたての若造で、当時ボイスパーカッションが流行ってたので、塾のメンバーで見様見真似でやってたんです。

(猶井)塩田脩くん(ヴァイオリニスト)がうまかったよね。

(横溝)そうそう。今となったらちゃんとできてたかどうか怪しいもんですが、みんなで「かっけ~」ってなりながら、じゃんけんで負けた人がそのボイパに即興でラップを合わせていくみたいな遊びを、夜な夜なホテルのロビーでしてたんですよね。毎回めちゃくちゃ大爆笑みたいな、そんなしょうもない遊びをしてたんですけど、そこにある時、小澤さんが入ってきたんです。「俺も混ぜてくれよ~」って言いながら(笑)

(猶井)なぜかシンバルやるとか言ってたなぁ。一つのマイクに向かってボイパもラップも小澤さんもやるもんだから、小澤さんのツバ、めっちゃ浴びたわ。ありがたや~と思って(笑)

(横溝)僕たちとしては、“みんなが盛り上がればそれでいい”って感じだったです。別にボイパとラップの遊びを、音楽とは一切とらえてなかった。でも小澤さんからすると、あれでさえ音楽なんですよ。だから急に興味を持って「俺なにやったらいい?」って言ってね。

(猶井)バスの移動中も俺の席まで来てやったよね(笑)

(横溝)小澤さんの音に対する探究心みたいなのを感じて、「すげーな」って思ったのを覚えています。単純に、「楽器が無いのに、若者が自分たちで出せる音を使って遊んでるぞ」っていうところに興味を持って入ってきちゃったんだと思うんです。その純粋さと、音楽っていうカテゴリーにとらわれない探求心みたいなのを見て、ちょっと感動しましたね。


奥志賀合宿 休憩中の一枚。猶井さんら塾生と懇談する小澤塾長。


ウワサのボイパを披露している(であろう)貴重なショット。左の赤いジャケットが猶井さん、右の黒いTシャツが横溝さん。

 

指導の中では?

 

(猶井)小澤さんって素敵だなって思うのが、普通に「ここどうしたらいいの」って周りの先生方に聞いたりするところです。あれは普通できないと思うんです。

(横溝)塾で学んだ大きなことの一つが、ディスカッションだと思います。たぶん、“ディスカッション”っていう単語を覚えたのは塾だったと思う。それこそカルテットだとディスカッションがないと何も生まれないので、絶対にするんですよね。でもオーケストラになると人数が増えるので、途端にしなくなるんですよ。さらに学校のオーケストラになると、なんとなく試験の成績順で席次が決まってくるので、後ろの方の人が前の人になにか意見を言うって、すごく言いにくい雰囲気があったりする。でも塾だと、そういう雰囲気がないんです。もちろんそれを嫌がる人もいたかもしれないけど、基本的にはみんなでああでもない、こうでもない、ってディスカッションをする。それはやっぱり、小澤さんが各楽器の先生たちの意見を求めたり、自分が間違ってると指摘されたことを跳ね返さずに受け入れたり、そういう姿勢があってこその空気だったと思うんです。
プロオケに入り、そういうディスカッションは本当に減ったと感じていますが、さっきも言ったように塾出身の人とは、今でもなんとなくディスカッションしてますね。「ここ、こうしたらいいんじゃない?」「こうしたほうがいいと思わない?」みたいな。結構大事な要素だと思っています。
あとは…遅刻をしないことかな(笑)。猶井くんと二人で練習に遅刻したことがあるんですよ。二人一部屋で猶井くんと同部屋だったんですが、携帯のアラーム、時計、モーニングコール、すべてをセットしたのに、寝坊した。

(猶井)あれはマジで怖かったね。どうやら、僕がすべての目覚ましを消してたらしいんです(笑)

(横溝)10時30分から練習だったのに、バッて目覚めて時計見たら10時29分で…(苦笑)。二人ともホテルのパジャマ姿のまんま、楽器だけとりあえず持って会場まで走りました。めっちゃ怒られたよね…。猶井正幸先生から「この業界はとにかく信用が大事だから、それを裏切るようなことしちゃいかん。二度とするな」とも言われました。今でも忘れられない体験です。してよかったとは言いませんけど、あの時にそういう大きい失敗をしてちゃんと反省する機会をもらえてよかったなとは思ってます。

 

お二人が音楽塾の公演で演奏するのは実に10年ぶりとなります。今回の特別公演に対する抱負や、楽しみにしてることを教えてください。

 

(猶井)初心にかえって弾くことになると思います。若い人たちと一緒に演奏できるのも楽しみです。先生方とも共演ということなので、当時よりはマシに演奏したいです(笑)

(横溝)いわゆる“母校”みたいな感覚の塾に戻ってこられるっていうのは感慨深いものがあるし、すごく嬉しいです。今の若い優秀な才能たちが、どういうことを考えて音楽しているのかなっていうのもすごく興味があります。もしかしたら僕らが正義と思ってやってたこととちょっと違ったりするかもしれない。でもそれって、小澤さんがボイパに参加してきた探求心じゃないけど、僕らが年を取れば取るほどそういうものに敏感になって吸収し続けなきゃいけない部分でもあると思うんです。「俺らの時はこうだった」ってそれを良しとするんじゃなくて、「今の子たちはこういうことを考えてるのか」ってどんどん吸収していきたい。年を取ってもいろんな引き出しのある音楽家になるためにも、若い子たちと演奏するのはすごく楽しみです。
僕は宮本さんが主宰・指揮されていたオーケストラMAP’Sのメンバーだったので、宮本さんの指揮で演奏するのは久しぶりです。宮本さんは素晴らしい音楽を持っていらっしゃるし、音楽家としてますます深みを増していらっしゃると思うので、それもすごく楽しみですね。

ありがとうございました。


2009年 オーケストラ・プロジェクトの公演に向けてリハーサル中のお二人。小澤塾長の両側が猶井さんと横溝さん。


2009年 オーケストラ・プロジェクト中国公演。最後の演奏が終わり、コンマスと握手をする小澤塾長の後ろに猶井さん、左隣に横溝さんが並んでいる。

聞き手:小澤征爾音楽塾広報(関歩美)
収録:2021年2月

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