インタビュー

塩加井ななみさん(ヴァイオリン)

桐朋学園大学カレッジディプロマコース3年次在学中
[小澤征爾音楽塾オーケストラ参加歴]
2019年 小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXVII
 ビゼー:歌劇「カルメン」

三国レイチェル由依さん(ヴィオラ)

東京藝術大学4年次在学中
[小澤征爾音楽塾オーケストラ参加歴]
2018年 小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXVI
 ラヴェル:「子どもと魔法」
 プッチーニ:「ジャンニ・スキッキ」
2019年 小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXVII
 ビゼー:歌劇「カルメン」

黒川真洋さん(チェロ)

愛知県立芸術大学卒業
[小澤征爾音楽塾オーケストラ参加歴]
2019年 小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトXVII
 ビゼー:歌劇「カルメン」

塾生 塩加井ななみさん(ヴァイオリン)、三国レイチェル由依さん(ヴィオラ)、黒川真洋さん(チェロ)Part 1

三国さんは2018年に、塩加井さんと黒川さんは2019年に音楽塾に初参加されました。塾を知ったきっかけと、オーディションを受けてみようと思った理由から教えてください。

 

(三国)母が小澤征爾音楽塾を知っていて「応募してみたら」と勧められたのがきっかけです。母は小澤征爾さんのことがすごく好きでして(笑)。オーディションを受けたのは大学2年生の時です。大学生活にも馴染んできて、もっと外の世界を知りたいと思ったことも理由の一つですね。日本だけでなくアジアの方もオーディションを受けて集まるオーケストラだということで、外国の方とも交流できるし、世界的に有名な小澤征爾さんの音楽塾というのでさらに興味が湧きました。

(黒川)私が中学生の頃、『蝶々夫人』(2012年、指揮:ピエール・ヴァレー)の公演に姉(黒川実咲さん:チェロ)が出演していたので、母と滋賀のホールまで観に行ったんですが、母と客席で号泣してしまって。素晴らしい舞台に唖然となって、とにかく感動して感情の整理が追いつかず、ずっと客席に座り込んでしまったんです。小澤先生も客席で観ていらっしゃいました。その時の自分は、素直にこんなに感動できるものがあるということに「すごいな」って思ったんです。チェロは趣味で演奏していて、演奏家を目指すかどうか決めかねている時期でしたが、この公演がきっかけで演奏家になりたい、オペラをやってみたいと思うようになりました。その後、大学1年生の時に音楽塾のオーディションを受けました。初回はダメでしたがあきらめずに頑張ろうと思って、二度目の挑戦で合格しました。

(塩加井)私は子どもの頃から『カルメン』が好きだったんです。2019年の公演で『カルメン』を取り上げるというのを知って、大好きなオペラを1か月くらいやれる機会はなかなかないので挑戦してみようと思いました。私は桐朋学園に通っていたので、大学に小澤さんがふらっと立ち寄られてオーケストラの授業に突然いらっしゃることがありました。その時に教えていただくことが実になることばかりだったんです。だったら長い間お世話になりたい!と思って、受けてみたのが始まりです。

 

オーディションのご感想は?

 

(黒川)オーディションが終わると、私は毎回泣いてますね(笑)。普通の試験と違って、会場に入ると目の前にズラリと先生方がいらっしゃるんですよ。それが最初は怖くって! ものすごいプレッシャーの中で弾くんですが、一回目は本当にガチガチでした。弾き終わった後、面識のあった原田禎夫先生から「来たんだね!」と言われたんですが、ホッとしたのと、思うように弾けなくて悔しいのとで泣いて帰りました。
『カルメン』のオーディションでも自分の思い通りには弾けなくて、悔しすぎてまた泣いて帰りましたが、合格して本当に良かったです。ちなみに、合格知らせを受けた時はまた泣いてしまいました。

(三国)私は音楽塾のオーディションが初めてのオーディションだったと思います。とっても緊張しました。無伴奏のチェロ組曲の何番でもいいから弾くというのが課題でしたが、演奏を終えた時に、譜面台に置いていた楽譜を指しながら禎夫先生が「何版使ってるの?」って言われたんです。「××版使ってます」と言ったら、「それはオーディション向きじゃないよ。オーディションでは△△版がよく使われてる」とおっしゃられて、「あ、すみません…」みたいな感じになっちゃって(笑)その後に弾いた自由曲は何弾いたか覚えてないくらいです。「版が違った、版が違った……」って思いながら弾き終わり、「これは落ちたわ」と思っていたぐらい。受かったので嬉しかったですが、これが一番印象的な出来事でした(笑)

 

大学生だとオーディションは珍しい経験なんですね。

 

(三国)先生方の前で弾く経験は大学試験が初めてとか、そういう感じです。

 

みなさん現役大学生の時に塾を経験されたわけですが、大学の授業と音楽塾のスタイルで、最も異なる点はどんなところだと感じましたか?

 

(三国)私が通っている東京藝術大学には二つのオーケストラがあって、一つは2年~4年生が編成する学生オケ、もう一つは2年生~大学院生の中から選抜されたメンバーで編成するチェンバーオーケストラがあります。2018年に『ジャンニ・スキッキ』と『子どもと魔法』で音楽塾に初参加した時は、私は学生オケに入っていました。
学生オケの特徴は、速いスパンで何曲も弾くというもの。レパートリーを増やすのが目的の一つで、本番も多くありました。新しい曲を多く学べるのはすごく良いことだと思いますが、1曲にかける練習時間も短く、楽譜に書かれたことしか言われなかったりして、曲について追及することはあまりしませんでした。小澤征爾音楽塾は約3週間かけてオペラの曲をみっちり練習しますよね。連日朝から夜まで練習するので、自分の楽譜だけじゃなく「他の楽器がこう演奏している時に、自分はこうやって弾いている」というものまでわかってきます。先生方だけではなく、同期や先輩など色んな人と演奏するうちに、なんと言うか、音楽の真理が降りてくるような感覚を味わいました。一つの曲にかける時間が長いので、一音一音の意味をちゃんと分かって弾けるというのが、塾の良いところかなと思います。

(黒川)私の大学(愛知県立芸術大学)は、午前中に分奏、午後に合奏というオケの授業が週に一度あります。つまり、月に4回ですね。どちらというと公演に向けて練習をします。
三国さんも言う通り、音楽塾は3週間の中で2週間くらいはひたすらリハーサルをします。最初の方は先生とみっちりやることになるので、毎日やる分、日を追うごとに音楽が変わっていくのがつかみやすいです。あと、他のセクションと「昨日はこうだったけど、今日はこうだったからこうやって変えてみよう」という話がすごくしやすいんです。学校とは違い、短期集中でやるというのを塾で初めて経験して「こういう風に変わっていくのか」というのを実感できました。すごく良い経験になりました。

 

塩加井さんは大好きな『カルメン』と向き合ったわけですが、いかがでしたか?

 

(塩加井)めちゃくちゃ楽しかったです。私はヴァイオリンですが、最初、ファースト・ヴァイオリンとセカンド・ヴァイオリンの楽譜がどちらも送られてきて、「え?!」と驚きました。普通、大学の授業だとパートがすでに決まっていて、決められたパート譜だけを勉強して演奏します。二人が言った通り短いスパンで仕上げなきゃいけないので、他のパート譜を読むことは多くないんですね。ところが、両方の譜面を読むと確実に頭に入ってくるので、弾いてる時も「ここはセカンドと一緒」「ヴィオラと一緒」「チェロと一緒」とすぐにわかりました。塾に行ってから、楽譜を読み解く速さがすごく速くなりました。

 

音楽全体を俯瞰で見られるようになったんですね。

 

(塩加井)そうですね。

 

いま塩加井さんがおっしゃったように、塾はご自分のパートが決まるのが公演の直前ですね。通常は最初から最後まで固定の席順も、塾では楽章によって変わったりしますね。

 

(塩加井)はい。だから「ここのパート弾きたくないな」って思ってたところが当てられた時は「終わった」と思います(笑)。楽章ごとに席順やパートが変わることは他では経験しないので、毎回が席替えの気分です。これは大学では絶対にないことなので楽しかったですね。後ろで弾いたり、前で弾いたりと、たくさん経験できるんです。

(三国)後ろと前だと、弾き方が全く変わってしまうんです。後ろだと時差もあって音が遅れちゃうから、勢いで弾くときもあります。逆に、前だと後ろがついてこないから、後ろの音を聴きながらそこに乗ったりする。前と後ろって難しいので、それが経験できたのも良かったです。

(塩加井)後ろで弾いたあとに前に座ると、その経験があるのですごく弾きやすくなるんです。ザッツ(アインザッツ;音の出だしの合図)の出し方がわかりやすくなった気がします。

 

チェロも前後の席で差が出るんですか?

 

(黒川)オペラの時は前に座っている奏者の肘が見えるので、それを見て勉強したりします。禎夫先生は日にちごとに席を変られえるので、しょっちゅうくるくるしてます。毎日隣の人が違うので、様々な吸収ができて、とても楽しいです。

 

塾は各楽器に先生が付いて、分奏もしっかりやりますね。印象的な指導や、先生から言われて覚えていることなどあれば教えてください。

 

(塩加井)ヴァイオリンは分奏の場所がホールの舞台なんですが、「こんな良いところで分奏していいんだ!」と驚きました。楽器が少ない分鳴らし方もわかりますし、YouTubeやTVで観ていた方たちが先生としていらっしゃるので「うゎ~」っていう感じ。緊張と感動でいっぱいで、ガチガチでしたね。私は隣が台湾の子だったので英語で話さなきゃいけないし、自分も理解しなきゃいけないしで、タスクで死にそうになってましたが、後藤和子先生や矢部達哉先生が「大丈夫」と言ってくださったおかげで落ち着いて弾くことができました。

(三国)ヴィオラ・セクションはヴァイオリンと比べて人数が少なく、川本嘉子先生がレッスンを見てくださいます。「一人ずつ弾いて」とか「二人ずつ弾いて」とか、全員の前で一人で弾かされるということがありましたね(笑)。最初はとっても怖かったんですが、個人的には一人で弾く勇気を与えていただいたなと思っています。川本先生はすごく優しく、一人一人に丁寧に「こうなってるから弓は気を付けて」などと教えてくださるので、ありがたい分奏の時間だなと思いながら弾いてました。

(黒川)私は(塾に入る前から)禎夫先生を大尊敬していて大好きなんですが、それを差し置いてもチェロ・セクションは最初から「禎夫先生についていけば私たちはすごく上手になる!」と一致団結していました。あと、私、分奏って苦手なんです。チェロも、一人やグループで弾かされたりしますが、そういうのはどうしても消極的になってしまって、今まで好きになれませんでした。でも禎夫先生の分奏では「じゃあ弾いてみて」って言われて弾くと、「今日はこの子の弾き方にみんなで合わせてみようか」っておっしゃって、その人の良いところをみんなで盗むと言うか、真似していくようなレッスンでした。このレッスンはすごく好きになりましたね。


2019年「カルメン」チェロ分奏中の一枚。写真手前から2番目が黒川さん。


2019年「カルメン」ヴィオラ分奏中の一枚。写真左側が三国さん。

 

自分の楽器とは違う先生からアドヴァイスを受けることもありますよね。他の楽器への指導を聴いたり、違う先生から指導されたことで「なるほど!」と感じたことはありますか?

 

(黒川)全体練習の中でハープとフルートだけが合わせる時間があったのですが、あのアリアのパートの練習は自分たちにとっても勉強になりました。他の楽器はその場でじっと聴いていたよね。

(塩加井)そうそう、できるまでやってたと思う。

(黒川)怖いというより、緊張感がすごくて。でもあの瞬間に小澤先生がおっしゃっている“聴く”ということ、そして“しゃべる”ということがよくわかった気がします。あの練習の後、音楽がすごく変わった気がするんです。とても印象的でした。

 

音の変わり方をみんなで聴くことによって方向性がわかったということ?

 

(黒川)そうですね。

 

みなさんオペラの経験は塾が初めてですか?

 

(黒川)オペラは大学の主催公演で一度だけやりました。

(三国)私も、1年生の時に藝祭でオペラを一度やりました。

(塩加井)私はオペラを聴きに行くことはよくありましたが、ステージから遠い席ばかりでした。言葉の子音しか聴き取れないこともありましたが、オーケストラ・ピットにいると楽器が震えるくらいの近さで歌ってくださいます。心が震わされる、満たされるという感覚を、鳥肌が立つくらい感じました。感動しすぎて「あ!弾かなきゃ!」と慌てることもあったぐらいです(笑)

 

実際に演奏してみて、交響曲の演奏とオペラの演奏での違いは何か感じましたか?

 

(塩加井)オペラだと歌がお休みになって弾くところでも、歌を意識しながら弾かないと後々の都合が悪くなったりします。出していいところと引いていいところのバランスが違うな思ったのが印象的でした。

(三国)『カルメン』で、E(ミ)の音だけをロングトーンで弾くソロを任されました。ずっと「ミ~~~」と弾くんですが、舞台ではセリフが展開されている。歌手の方は舞台にいるので直線的に客席に声が届きますが、私の「ミ~」は地下にいるオケピから出ているので、圧倒的に密度の濃い「ミ」を弾かないと聴こえないんです。しかも一人だし。まさに塩加井さんの言う通りで、歌手の歌とオケピの中の音のバランスを取るのがすごく難しかったですね。オーケストラの曲だと全員が舞台の上に上がっているのが第一条件なのでバランスは取りやすいですが、物理的に高さが違う人同士で演奏するのは塩梅が難しかったです。自分で川本先生に「今のミは聴こえますか?」と聞いて、客席にいる先生の意見もお伺いしました。毎回、「ミ」一本で勝負してましたね。

(黒川)オペラが総合芸術と言われる理由を実感した感じがします。歌を聴きながら弾くなんてなかなかないので、確かにバランスはすごく難しかったです。もちろん室内楽でもシンフォニーでも“聴く”んですが、歌が加わると、どのくらい音を出して良いか、弾き方や音色もどこまで表現したら良いかがわからなくなりました。でも『カルメン』の「ハバネラ」を弾いた時に、とにかく歌に付けるといういうのを学びました。禎夫先生も「とにかく聴いて!」っておっしゃってて。チェロ・セクションみんなで、「この感じで歌われるかな」と想像しながら音を出した時に「あ!」って感動した瞬間があって、それはシンフォニーとはちょっと違う感覚でした。

 

チェロ・セクション全員がオケピの中で立って、歌手の方を見ながら弾く練習がありましたね。

 

(黒川)ありました! チェロの場所からは舞台の歌手の方は見えないんです。だから立って弾いて、歌手が歌う姿を観て、また座って弾いた時には、音を出すときの感覚が全然違いました。舞台をどれくらい使われてるかも想像できなかったんですが、目で見て分かった時に「ここで自分たちは土台として弾かせてもらえるんだ」というのが実感できたと思います。あれは本当にいい勉強になりました。


2019年「カルメン」ロームシアター京都 オーケストラピットに入っての練習風景。写真左側で、ヴィオラを掲げているのが三国さん。

【Part 2に続きます】

聞き手:小澤征爾音楽塾広報 関 歩美
2021年3月収録

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