photo
ニュース
2025.01.06

【コラム】小澤征爾音楽塾が満を持して贈る「椿姫」(新制作)──豪華キャストの魅力

小澤征爾音楽塾が満を持して贈る初のヴェルディ作品「椿姫」。この新制作の舞台を彩る豪華キャストの魅力と本作での期待を、オペラ評論家の香原斗志氏に寄稿いただきました。


小澤征爾音楽塾が満を持して贈る「椿姫」(新制作)──豪華キャストの魅力

文:香原斗志(オペラ評論家)

ディエゴ・マテウス(小澤征爾音楽塾首席指揮者)
Diego Matheuz (Seiji Ozawa Music Academy Principal Conductor)
[指揮 / Conductor]

南米ベネズエラ出身で、1975年に故国ではじまり、いまや世界的に名高い「エル・システマ」(子どもや若者が無償で音楽を学べる教育システム)から送り出された最大のスター指揮者のひとり。恩師はあの故クラウディオ・アッバードで、オペラ指揮の手腕は卓越している。どんな作品を振っても、音楽を引き締めながら表情豊かに造形し、美質を徹底的に引き出す。声と呼吸について熟知しているので歌手からの信頼も厚く、彼らの力を最大限に引き出す。2024年の《コジ・ファン・トゥッテ》も絶妙に緩急をつけながら小澤征爾音楽塾オーケストラを歌わせ、踊らせ、濃密な音を軽快に引き出した。しかも、常にドラマが深く内包される。ヴェルディのオペラ、なかでも《椿姫》は十八番中の十八番。そのことは2011年9月から15年まで、このオペラが初演されたヴェネツィアのフェニーチェ劇場首席指揮者を務めたことからもわかる。小澤征爾音楽塾初の首席指揮者。


デイヴィッド・ニース
David Kneuss
[演出 / Stage Director]

ph_david_kneuss

オペラの音楽と脚本を徹底的に読み込んで、本質と核心を深く理解し、舞台上に表すことができるアメリカ出身の名演出家。作品に潜在的に宿っている力を十分に引き出すことさえできれば、流行りの読み替えも、極端な現代化も不要であることを、上質な舞台をとおして教えてくれる。だからこそ、近年まで25年間、メトロポリタン歌劇場で首席演出家の座にあって、100演目近いプロダクションを手がけることができた。《椿姫》もロバート・パージオーラの繊細で美しい装置と衣裳を活かし、時代こそ1950年代に移しているが、パリにおける人間模様と悲劇をとことん掘り下げる。作曲したヴェルディが生きていたら、ニースの演出に納得し、激賞するのではないだろうか。それは小澤征爾音楽塾のオーケストラにとっても、歌手をはじめとする出演者にとっても、本質的な表現力を培ううえで理想的な演出である。そういう演出が観客にとってもうれしいことは言うまでもない。


ニーナ・ミナシアン
Nina Minasyan
[ヴィオレッタ・ヴァレリー / Violetta Valéry]

澄み切った声を輝かせながら、無限に広がるように響かせるアルメニア出身のソプラノ。超高音域まで呆気にとられるくらい自然に、輝きをそのまま維持したまま駆け上がる。聴き手はひたすら陶然とさせられる。コロラトゥーラの技術も万全で、また、どんなフレーズにも感情をにじませることができる。モスクワのボリショイ劇場の若手アーティスト・プログラムに参加して力を蓄え、2015年にベルリン・ドイツ・オペラの《魔笛》で夜の女王役を歌ってヨーロッパ・デビュー。それを機に、またたく間にパリ・オペラ座やウィーン国立歌劇場をはじめとする世界の主要歌劇場の常連になった。《椿姫》のヴィオレッタ役には2022年、イタリアのアレーナ・ディ・ヴェローナ音楽祭でデビュー。センセーショナルな勝利を勝ち取った。2023年3月、プラシド・ドミンゴ&ホセ・カレーラスのコンサートのゲストとして来日。2人の大テノールに引けを取らない強い印象を残した。


カン・ワン
Kang Wang
[アルフレード・ジェルモン / Alfredo Germont]

少し憂いをふくむリリックで力強い声をスタイリッシュに響かせる、中国系オーストラリア人のテノール。体の底から湧き上がって、どこまでも伸びると感じられる声は、レガートの旋律を魅力的に満たし、感情が豊かに宿って、いつまでも聴いていたいと思わされる。高音の輝きも比類ない。両親ともオペラ歌手で、メトロポリタン歌劇場のリンデマン若手アーティスト育成プログラムで学び、2017年のカーディフ世界歌手コンクールのファイナリストになった。すでにメトロポリタン歌劇場の常連であるほか、フィレンツェ五月音楽祭、ナポリのサン・カルロ劇場、チューリッヒ歌劇場など、ヨーロッパの著名な歌劇場への進出もめざましい。2024/25シーズンも、各地で《マクベス》のマクダフ役、《蝶々夫人》のピンカートン役、《ルイーザ・ミラー》のロドルフォ役などを歌う。高い音楽性をともなった情熱的な歌唱で、アルフレード役にリアリティをあたえるだろう。


クイン・ケルシー
Quinn Kelsey
[ジョルジョ・ジェルモン / Giorgio Germont]

圧倒的な響きを作り、そこに深い性格的表現を込める、ヴェルディを歌うために生まれてきたようなハワイ出身のバリトン。合唱のメンバーとしてオペラの世界に入り、ハワイ大学マノア校で音楽学士号を取得したのち、シカゴ・リリック・オペラの若手アーティスト向けプログラム等で研鑽を積む。その後、パリ・オペラ座やメトロポリタン歌劇場(MET)をはじめ、世界の檜舞台に次々とデビューした。なかでもMETでの活躍は、ライブビューイングにおける《椿姫》のジェルモン役、《リゴレット》のタイトルロールなどでおなじみだ。サイトウ・キネン・フェスティバル松本での《ファルスタッフ》のタイトルロール(2014年)も強い印象を残した。METのジェルモン役はオペラ・ニュース誌で「3人の主役のなかでもっとも満足のいくもの」と評価された。実際、ケルシーが表現する父親の苦悩には、他を寄せ付けない深さと凄みがあり、今回の《椿姫》でも存分に発揮されると思われる。


メーガン・マリノ
Megan Marino
[フローラ / Flora Bervoix]

力強い声と豊かな低音域を誇り、高い音楽性をたもちながら演劇的に歌うことができるメッゾ・ソプラノ。アメリカとイタリアの二重国籍をもつ。かなり幅広い役柄をこなし、声だけでなく、舞台上で役に完全に入りこむ演劇性においても秀でている。サンタフェ・オペラなどで質の高い研鑽を積み、ジョージ・ロンドン財団のノーマ・ニュートン賞をはじめ数々の受賞を重ねた。メトロポリタン歌劇場では2013年に《影のない女》で胎児の声を歌ってデビューして以来、《椿姫》《魔笛》《ルサルカ》《イオランタ》《タイース》《ボリス・ゴドゥノフ》などに出演。なかでも《椿姫》のフローラ役はたびたび歌っており、マリノが歌うとフローラの存在が際立ち、それとの対象でヴィオレッタも引き立つ。


牧野 真由美
Mayumi Makino
[アンニーナ / Annina]

正しい発声による深い声で、色彩感豊かに歌えるメッゾ・ソプラノ。東京芸術大学卒業、同大学院終了後、スイスのロカルノにおけるマスタークラス「ティチーノ・ムジカ」でマグダ・オリヴェーロ、チャールズ・スペンサーの薫陶を受ける。第3回藤沢オペラコンクール奨励賞、第30回イタリア声楽コンコルソ金賞を受賞後、日本のオペラシーンおよび声楽界の第一線で幅広く活躍してきた。ヴェルディのオペラでは、フィリップ・オーギャンが指揮した東京のオペラの森での《オテロ》のエミリア役、サントリーホール・オペラ・アカデミー公演の《ファルスタッフ》でのクイックリー夫人役など、巨匠との公演も重ねてきた。《椿姫》のアンニーナ役は藤原歌劇団などでも歌い重ねてきた得意役である。


マーティン・バカリ
Martin Bakari
[ガストン / Gastone]

柔軟で輝かしい声と高度な表現力を備えたフィリピン系のアフリカ系アメリカ人テノール。ガストンという役柄で聴くのは、いささかもったいない感さえある。ジュリアード音楽院の修士課程、ボストン大学の音楽学部およびオペラ研究所、ロンドン王立音楽大学の留学プログラムをそれぞれ卒業した音楽エリートで、2014~16年にはバージニア・オペラの新進アーティストとして数々の作品に出演し、基礎固めをした。2022年にはセイジ・オザワ 松本フェスティバルの《フィガロの結婚》でドン・バジリオを歌い、高く評価された。今シーズンも世界各地で《セビーリャの理髪師》のアルマヴィーヴァ伯爵、《放蕩者の遍歴》のセレム、《蝶々夫人》のゴロー、《カルミナ・ブラーナ》など多種多様な役を歌う。


井出 壮志朗
Soshiro Ide
[ドゥフォール男爵 / Barone Douphol]

まろやかだが力強い深い声を、美しい言葉をともなって響かせるバリトン。武蔵野音楽大学卒業、同大学院修了後、第47回イタリア声楽コンコルソのシエナ大賞、第55回日伊声楽コンコルソ入選、第17回東京音楽コンクール第3位など、多くの受賞を重ねる。2015年に文化庁の次代の文化を想像する新進芸術家育成事業の《ラ・ボエーム》でショナールを歌ってオペラ・デビューした。その後は日本のオペラシーンに欠かせないバリトンとして、多くのオペラに出演。最近では東京文化会館オペラBOXおよびチームアップ!オペラ《トスカ》のスカルピア役、藤原歌劇団《ピーア・デ・トロメイ》のネッロ役の名唱が記憶に新しい。《椿姫》ではジェルモン役も歌っており、作品を熟知している。


町 英和
Hidekazu Machi
[ドビニー侯爵 / Marchese d’Obigny]

品位がある声を安定して響かせ舞台を引き締めるバリトン。国立音楽大学卒業、同大学院首席終了後、新国立劇場オペラ研修所第6期修了。文化庁在外派遣研修員として伊ボローニャ、ローム ミュージック ファンデーションの助成を受けて独ミュンヘンに留学。小澤征爾音楽塾では《蝶々夫人》《ジャンニ・スキッキ》《子どもと魔法》《カルメン》などに出演を重ねる。最近は佐渡裕プロデュースオペラ《蝶々夫人》のヤマドリ役、セイジ・オザワ 松本フェスティバル《ジャンニ・スキッキ》のタイトルロール、日生劇場《連隊の娘》のシュルピス役で存在感を示した。《椿姫》にも馴染みが深く、2021年のサントリーホール主催「若き音楽家たちによるフレッシュ・オペラ」等ではジェルモン役を歌っている。


河野 鉄平
Teppei Kono
[医師グランヴィル / Dottore Grenvil]

凄みがある低声をスタイリッシュに響かせ、役に魂を注ぐバス。クリーブランド音楽院大学卒業、同大学院修了。サンフランシスコ・オペラのメローラ・オペラ・プログラムや、シカゴ芸術大学とシカゴ・オペラ・シアターの共同プログラムなどで学ぶ。アメリカ滞在は23年におよび、メトロポリタン歌劇場全国コンクールでは中部地区ファイナリスト、北イリノイ地区優勝等の成果を残した。小澤征爾音楽塾には2017年、《カルメン》のズニガ役で出演。2020年にはブリテン《真夏の夜の夢》の妖精パック役で新国立劇場にデビューし、その後、《さまよえるオランダ人》のタイトルロールなど数々の役で出演を重ねている。《ドン・カルロ》のフィリッポ2世をはじめヴェルディの役にも定評がある。


 

公演情報はこちら>>>

/