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2024.01.26

【連載②】「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」:オーディションに挑む若き音楽家たち─音楽塾の“主役”、塾生オーケストラ

WEB連載「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」では、3月15日にロームシアター京都で初日を迎える「コジ・ファン・トゥッテ」の幕が開くまで(そして開いてからも)をレポート。第2回は、小澤征爾音楽塾の軸となる塾生オーケストラのオーディションについて。


宮本 明(音楽ライター )

「小瑠野福代です」

一人ずつ入室して名を名乗り、それぞれのタイミングでホルンを構える受験者たち。ものすごい緊張感が部屋に充満している。この感覚、いつか味わったことがある気がする。そうだ。はるかむかし、就職活動の時の面接の空気だ。あの若いドキドキ感を思い出して遠い目になる。昨年12月に行なわれた小澤征爾音楽塾のホルン・セクションのオーディションを見学させてもらった。「コルノ吹くよ」さんはもちろん架空の名前。

「塾」という名が示すとおり、小澤征爾音楽塾の根幹をなすのが、若い音楽家たちによるオーケストラの存在だ。公募オーディションで選ばれた塾生たちが、塾長の小澤征爾とサイトウ・キネン・オーケストラのメンバーらによるコーチ陣のもとで指導を受けて3月の公演に臨む。プロ・スポーツでよく「育てながら勝つ」という言い方をするが、まさにそんな感じ。公演に向けてのリハーサルのなかで若い音楽家たちを育成しつつ、けっして妥協せずに音楽のクォリティを高め、オペラ興行としての価値を損なわない。過去の塾生一覧に目をやれば、現在ソリストとして、また各オーケストラのコンサートマスターや首席奏者として日本の音楽界をリードしている奏者たちの名前がずらりと並んでいる。

見学したオーディションでは自分の名前をいう声がかすかに震えている受験者もいて、そばで見ているだけのこちらにも緊張がうつって息苦しくなる。でも、いざ吹き始めるとみんなうまい。応募資格は、16~29歳(2024年4月1日時点)で音楽学校に在籍か卒業、またはそれに準ずる能力を有する者とある。オーディションなのだから、「準ずる」のほうでとりあえずチャレンジしてあわよくば、を狙う猛者もいるのではないかと思っていたのだけれど、想像よりずっとレベルが高い。

今年の演目である《コジ・ファン・トゥッテ》のオーケストラは2管編成でおおよそ50人規模。今回はそこに500人以上の志望があったという。
オーディションの合否基準はもちろん完全実力主義。ただしときおり、不合格者のなかに、「この人は何か持っているよね。もう一回来てほしいよね」と審査員たちの印象に残る受験者がいるのだそう。そんなときは、不合格に変わりはなくても、「来年も絶対に受けてください」と一筆添えて通知することがある。とても大きな励みになるだろう。もちろん、だからといって次年度の審査で優遇されるはずもなく、そこから1年、どれだけ勉強するか、そもそも再チャレンジするかはその人次第というわけだ。きれいなやり方。
逆に、4年5年と連続で参加してきた20代後半の塾生を、後輩に道をあけてもらうために“卒業”の意味で不合格にすることもあるという。実力主義を前提に、ある種血の通った運営方法があるのは、日本ならではかもしれない。

今年は、コロナ禍で開催を見合わせていた海外オーディション(弦楽器セクションのみ)が4年ぶりに復活。12月上旬、首席指揮者ディエゴ・マテウスら審査員とスタッフが台北、上海、北京、ソウルの4都市を巡った。日本だけでなく、広く東アジアを視野に入れているのは尊いことだと思う。
最初の頃はヴァイオリンに2~3人程度だったという海外からの参加者だが、コロナ前から飛躍的に増え始めたのだそう。コミュニケーションは英語ということになる。もちろん外国語が得意なメンバーもたくさんいるだろうけれど、そうでない人たちも、お互いに慣れない英語を駆使して、短期間で距離を縮めていく。あいだに音楽という共通言語があるのは大きいだろうが、一緒に食事に出かけたりするプライヴェートなシーンでは、今どきの若者たちだけに、スマートフォンの翻訳アプリなども活躍させているようだ。

ふたたびオーディション会場。全員の審査が終わった。素人の耳にはみんなうまくて、ここから二人のホルン奏者を選ぶのはひじょうに悩ましい気がする。はたして審査員のプロの先生たちならばそれは容易なのだろうか。隣で聴いていた事務局スタッフさんが「ホルン1本で聴いていても、オーケストラ全体の音が聴こえてくるような気がする人と、そうでない人がいましたよねえ」とつぶやく。なるほど。鋭いかも。とにかく結果が楽しみだ。

各セクションのオーディション会場で、終了後すぐにコーチ陣が協議して、合格者は決まっている。今年はどんな塾生が集まって、どんな音楽をつくり上げていくのだろう。その模索は3月1日のオーケストラ・リハーサルから始まるが、すでに合格者それぞれが、それぞれのやり方で準備しているはず。そしてその準備によって、音楽塾で吸収できるものの質と量はちがってきそうだ。ぜひ十分に勉強して、実りのある3月を過ごしてほしい。明日の音楽界を背負うみんな、がんばれ! よい成果を期待してます。

写真は、昨年11月27日に行われた小澤征爾音楽塾オーケストラの京都オーディションの模様より


【連載】「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」
イントロダクション,, ②

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