photo
ニュース
2024.03.11

【連載⑩】「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」:小澤征爾音楽塾展2024─小澤征爾塾長のスコア

WEB連載「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」では、3月15日にロームシアター京都で初日を迎える「コジ・ファン・トゥッテ」の幕が開くまで(そして開いてからも)をレポート。第10回は、現在ロームシアター京都「ミュージックサロン」で開催中の「小澤征爾音楽塾2024」に展示されている小澤征爾塾長のスコアについて。


宮本 明(音楽ライター )

以前にも紹介した小澤征爾音楽塾展(入場無料)は、京都公演2日目の3月17日(日)まで引き続き開催中だ。2001年の音楽塾公演《コジ・ファン・トゥッテ》でピット内の小澤征爾を固定カメラで撮り続けたライヴ映像(第1幕抜粋)、そして自筆の書き込みのある、当時使用していた指揮者用スコアのレプリカ(複製)は、おそらくこの機会を逃すと二度と見ることのできない貴重な展示。
今回、リハーサルの取材の合間に訪れた平日の午前中には、さいわい他に入場者がおられなかったので、このスコアをあらためてじっくり見ることができた。書き込まれたメモにまつわるあれこれとともに、いくつかご紹介しよう。

スコアはペータース社のドイツ語&イタリア語版。もちろん小澤は原則的に原語のイタリア語で上演しているはずだが、1969年に《コジ》を指揮してザルツブルク音楽祭でのオペラ・デビューを飾った年、渡欧前に日本フィルでも《コジ》を演奏会形式上演している(フィオルディリージ:林康子、ドラベッラ:木村宏子、フェランド:中村健、グリエルモ:平野忠彦、デスピーナ:安田祥子、ドン・アルフォンソ:佐藤征一郎)。この時は当時の通例どおり日本語上演だったかもしれない。日本で字幕付き上演が普及し始めたのは1980年代半ば以降だ。

「2001年の音楽塾公演で使用したスコア」と書いたが、どうやら上述の1969年のザルツブルク音楽祭の時から使い続けているスコアなのではないだろうか。
楽譜冒頭の登場人物欄に、
フィオルディリージ:アンネリーゼ・ローテンベルガー
ドラベッラ:ロザリンド・エリアス
グリエルモ:トム・クラウゼ
フェランド:ラヨシュ・コズマ
デスピーナ:テレサ・ストラータス
ドン・アルフォンソ:ヴァルター・ベリー
と、1969年ザルツブルク上演時のキャスト名が手書きで書き込まれているのだ。
そうだとしたら、それを書いているまだ33歳の小澤征爾を思い浮かべて、なんだか感慨深い。

レプリカとはいえ、自由にめくってみることができるのはなんともうれしい。カラーのいわばファクシミリ譜。書き込みの赤鉛筆や青鉛筆の筆跡、上演の際にカットしたページの角折り、剥がれたページを補修したセロテープが変色している跡など、じつにリアル。時間さえあれば一人でスコアの勉強に没頭していたという小澤の姿も見えるような気がする。

とびらページには大きく「小澤征爾所有/ロナルド・ウイルフォード(コロンビア・アーティスツ)気付」のスタンプが押されている。ウイルフォードはかつて小澤のマネージャーだったニューヨークの音楽事務所コロンビア・アーティスツの経営者(2015年没)。同社はカラヤンやアバド、ムーティなど、名だたる演奏家のマネジメントを手がけていた世界最大手だったが、コロナ禍の影響なのだろう、2020年に倒産したというニュースにはちょっと驚いた。

続く目次ページには、「第2幕デスピーナのアリア遅い」とか「ドラベッラのアリア、イン・テンポ」「ドン・アルフォンソはじめ、見えない」とか、チェックすべき箇所だったと思われるメモがあるが、楽譜ページに入ると具体的な言葉で何かを書くことは少なく、強弱記号を目立つように赤書きしたり、音符や休符に丸をつけたり、フレーズをスラー状の弧線で囲ったり、逆に縦線で区切ったり。特別な「小澤征爾だけの秘密」みたいなものはなさそうだ。でも2月末から連日リハーサルに立ち会って、脳内で《コジ・ファン・トゥッテ》がヘビロテされている今だからこそ、小澤征爾の《コジ・ファン・トゥッテ》、小澤征爾のモーツァルトに、少しだけ触れることができたような気がする。

番外編として、楽譜の見返しの白紙ページのメモ。
「ゲリンガス、チェロ、スラヴァ、勉強、ベルリン」
とある。
おそらくは小澤の盟友だったチェロ奏者ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(愛称スラヴァ)の高弟ダヴィド・ゲリンガスのこと。彼を紹介されてメモしたのではないだろうか。紹介したのはロストロポーヴィチ本人だろうか。ゲリンガスは2000年からベルリン芸術大学の教授を務めており、同地にも居住していただろうから、「ベルリン」とあるのはその頃のメモということか……。
ページをめくるたびに妄想は尽きない。このスコアを見るためだけにでもぜひおすすめしたい、「小澤征爾音楽塾展2024」だ。


【連載】「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」
イントロダクション
#1
#2 オーディションに挑む若き音楽家たち─音楽塾の“主役”、塾生オーケストラ
#3 小澤征爾音楽塾展2024
#4 歌手リハーサル開始!
#5 塾オケリハーサル初日
#6 塾オケリハーサル 2日目─楽器ごとの分奏
#7 小澤征爾音楽塾合唱団─根本卓也さん(合唱指揮)インタビュー
#8 塾オケリハーサル 3日目─弦楽パートのリハーサル
#9 塾オケリハーサル 5日目─カヴァー・キャストとの初合わせ
#10 小澤征爾音楽塾展2024─小澤征爾塾長のスコア
#11 京都リハーサル初日
#12 バックステージツアー
#13 原田禎夫副塾長のスピーチ
#14「子どものためのオペラ」とメインキャストのリハーサル
#15「子どものためのオペラ」楽器紹介編
#16 ゲネプロ
#17 元塾生・大宮臨太郎さん(NHK交響楽団 第2ヴァイオリン首席奏者/サイトウ・キネン・オーケストラ ヴァイオリン奏者)インタビュー
#18 原田禎夫副塾長インタビュー
#19 カヴァー・キャスト 中川郁文さん(ソプラノ)&井出壮志朗さん(バリトン)インタビュー
#20 本番
#21 首席指揮者 ディエゴ・マテウス インタビュー

/