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2024.03.13

【連載⑫】「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」:バックステージツアー

WEB連載「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」では、3月15日にロームシアター京都で初日を迎える「コジ・ファン・トゥッテ」の幕が開くまで(そして開いてからも)をレポート。第12回は、3月9日(土)に関係者向けに行われたバックステージツアーの模様から。


宮本 明(音楽ライター )

3月9日(土)。この日は小澤征爾音楽塾に協賛し続けているローム株式会社の社員とその家族のためのバックステージツアーが行なわれ、来場者にはその後のリハーサルも公開された。
招待されたローム関係者は約200人。記者も便乗してバックステージツアーに参加した。
バックステージというより、ステージそのものに上がらせてくれる。滅多にない体験だ。しかも直前まで場当たりを確認していた演出家や歌手がまだ舞台上にいるタイミング。彼らを間近で見る臨場感は半端ではない。
舞台上では学校の修学旅行のような団体行動ではなく、各自が自由に歩き回れるスタイル。撮影もOKで(SNS等への投稿は禁止)。みなさん舞台装置や客席をバックに熱心に記念撮影をしていた。質問も自由で、舞台監督やプロデューサーらが個別に答えてくれる。参加者はみなさん、こういうことに興味があって来た人ばかりなわけだから、とても積極的に、あちらこちらから矢継ぎ早に質問が飛んでいた。
「オーケストラ・ピットの中は、普通のオーケストラの並び方と違うんですか」
「舞台の上でオーケストラの音はちゃんと聴こえるのですか? 返しのスピーカーがあるのですか」
等々。
ちなみに前者はこの連載でもすでに触れたけれど、ピット内のオーケストラ配置はコンサートとは違うのが通例で、とくに今回の例でいえば、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの位置が、現代のスタンダードな配置とは逆で、客席側に第2ヴァイオリン、舞台寄りに第1ヴァイオリンが座っている。
後者の、舞台上に音を返すモニター・スピーカーは、やや意外なことに、「ある」が正解。鋭い質問。そのための音響スタッフもいるのだそう。もちろん客席では生音のみで鑑賞するので、舞台だけに聴こえるようにボリュームや指向性を考慮している。今回はステージのすぐ脇の舞台袖に複数の小型スピーカーが設置されていたが、たとえば天井から吊るすこともあるとのこと。勉強になった。
最も多くの質問が飛んでいたのは傾斜舞台についてだった。日本の舞台用語では「開帳場」とか「八百屋舞台」などとも呼ばれる。今回の《コジ・ファン・トゥッテ》ではこの傾斜舞台を採用している。
それがオペラの通例、あるいは劇場の常設なのかという質問がかなり多く出ていた。
「私はオペラを見るのがまだ2度目なのですが、オペラの舞台はいつも斜めなのですか」
「この傾斜はこのセットのためだけに作ったのですか」
等々。これも的を射た質問だと思う。今回の場合は上演のために設えた、いわば舞台装置のひとつで、日本の多くの劇場の舞台面は基本的に平坦。可変の傾斜機構を持つ劇場もあるが、ヨーロッパではそもそもの構造そのものが、はなから傾斜舞台になっている劇場も少なくない。しかもそこでバレエも上演される。
では傾斜を数字にすると? それもしっかり質問している人がいた。
「どれぐらいの角度ですか?」
答えは「10%」。
これは1メートル先で10センチ高くなる勾配で、何十年かぶりに三角関数表を見たら、角度にすると5〜6度ということになる。スキーのゲレンデだったら初心者用の緩やかな斜面だけれど、実際に立ってみると思いのほか急勾配。客席で見ていたイメージよりもかなりきつい。そこで演技し歌う歌手たちは大変そうだ。足腰の筋肉を鍛えたりもしているのだろうか。
そしてもちろんツアー参加者からは、「なぜ傾斜舞台にするのですか」という質問も。
ひとつには空間を広く見せるための遠近法の手法で、奥に行くほど縮尺が小さくなるように作られているのだそう。たとえば今回の舞台の床面にはタイル状の格子があるが、歩測してみると、舞台の手前と比べると奥のほうは6〜7割のサイズになっていた。
さらに、オペラならではの理由として、舞台の奥で歌う際にもピットの指揮者を見やすいという利点もあるのだそう。なるほど。
他にも、書割の木のオレンジが光る仕掛けとか、優雅に進む帆船の動かし方とか、舞台上には客席からは見えないさまざまな秘密が満載でわくわくする。舞台袖には、早着替え用の着替え室らしき個室も設られていた。

今回上演される《コジ・ファン・トゥッテ》の舞台は、2014年7月に兵庫芸術文化センターで制作されたデイヴィッド・ニース演出のプロダクション(指揮:佐渡裕)。装置・衣裳ももちろん今回と同じロバート・パージオーラによるものだ。
ただ再演とはいっても、初演時の舞台装置が保管されていたわけではなく、ほとんどが今回、当時の図面から作り直したものなのだそう。当時は、再度作ることなど想定していないから、製作工程で生じた変更点など、必ずしも記録に残っていない部分もあり、新たに作る際には発生しない確認作業も必要だったという。パージオーラやウィッグ・デザイナーのアン・ネスミスも今回あらためて来日し、直接参加している。
10年間の技術の進歩で変わった点もある。たとえば舞台の天井に張られた、印象的なストライプ模様の天幕。幅11メートルの巨大な布に、当時は手作業で塗料をペイントして作っていたのだが、10年の間に、このサイズでも使用可能な超大判プリンタが開発されたので、それを用いた(ただし日本にはこのプリンタがないので、作業はドイツで行なわれた)。従来の手作業だと、塗料が厚く塗られて布がごわごわしてしまったのだが、今回はずっとやわらかな風合いに仕上がっているという。

公演中はどうしても歌手たちの歌唱に耳も目も集中するわけだが、こうした舞台裏を知ることで、上演を楽しむ新たな視点を与えてもらえた。本番がいっそう楽しみになった。


【連載】「小澤征爾音楽塾のオペラができるまで」
イントロダクション
#1
#2 オーディションに挑む若き音楽家たち─音楽塾の“主役”、塾生オーケストラ
#3 小澤征爾音楽塾展2024
#4 歌手リハーサル開始!
#5 塾オケリハーサル初日
#6 塾オケリハーサル 2日目─楽器ごとの分奏
#7 小澤征爾音楽塾合唱団─根本卓也さん(合唱指揮)インタビュー
#8 塾オケリハーサル 3日目─弦楽パートのリハーサル
#9 塾オケリハーサル 5日目─カヴァー・キャストとの初合わせ
#10 小澤征爾音楽塾展2024─小澤征爾塾長のスコア
#11 京都リハーサル初日
#12 バックステージツアー
#13 原田禎夫副塾長のスピーチ
#14「子どものためのオペラ」とメインキャストのリハーサル
#15「子どものためのオペラ」楽器紹介編
#16 ゲネプロ
#17 元塾生・大宮臨太郎さん(NHK交響楽団 第2ヴァイオリン首席奏者/サイトウ・キネン・オーケストラ ヴァイオリン奏者)インタビュー
#18 原田禎夫副塾長インタビュー
#19 カヴァー・キャスト 中川郁文さん(ソプラノ)&井出壮志朗さん(バリトン)インタビュー
#20 本番
#21 首席指揮者 ディエゴ・マテウス インタビュー

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